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渋谷サミットG∞

移動する路上会議。2008年7月7日(月)10:00〜8日(火)23:15
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渋谷サミットG∞と七夕
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     渋谷サミット開催前に武さんはこのようなことを言った。七夕の夜に会うことに意味がある。七夕伝説は、恋愛に耽り労働を放棄した織姫と牽牛が、神の怒りに触れて引き離され、より過酷な搾取に喘いでいたが、カササギの助けもあってこの一日だけは逢引することができたという話だ。そしてそのカササギとは何だろう。
     G8を頂点とした支配体制の力によって労働に駆り立てられている俺たちが、とりあえずこの日、各自の現場を捨てて集まり、話し合う。奇跡のように、というか当たり前のように自由と自律の空間は出現する。そんなロマンチックな夜だった。
     しかし8日の深夜、渋谷駅ではサミット警備という名目で野宿者の追い出しが行われていたことを、その頃美竹公園で語り合っていた俺たちは知らなかった(この排除はまだ継続中である)。それに渋谷サミットの間中、何度も話題になったが、札幌のデモにおける4人の不当逮捕のこと。織姫と牽牛を引き離している強制力は結構しぶとく弾圧を加え続けているようだ。思えば七夕伝説は一年のうちの一日だけというところが切なくて、ゆえに広まった説話なのだ。だけど一日だけじゃ足りないのは言うまでもない。そして織姫と牽牛の下には、無数の、出会うことすらできない織姫と牽牛たちが居ることを忘れてはならない。
     さて、カササギとは何か。東京ではほとんど見かけないがカラス科である。いわゆるカラスのハシブトがハンガーなどをよく持っていくように、カササギもいろんなものを拾ったり盗んだりするそうで、泥棒カササギとも言われる。拾ったもので橋だってつくる。まあ言ってみればDIYの天才である。渋谷サミットのクライマックス、都合があってその場に居なかったのが残念だったが、皆で楽器になるようなゴミを拾ってきて即興の音楽祭をやったそうだ。これなんかまさにカササギ的。思えば渋谷サミット全体が、手作りアンプをはじめ、会議のあり方自体もDIY精神あふれるものだった。カササギ、それはソレルの言葉を借りればG8や警察の強制力“フォルス”に対する民衆の対向暴力“ヴィオランス”である。ソレルは“ヴィオランス”を特にゼネストのこととして言っていたと思うのだが、織姫と牽牛の試みとはまさにストライキであって、ストライキとは労働の放棄であると同時に生産力を奪うということであり、さらにそれを自主管理に転換するということであるからには、その役割はカササギが補完するだろう。
    渋谷サミットは織姫牽牛たちの会合であると同時にカササギ的実験の場でもあった。七夕伝説は、神の威圧の下の悲恋物語としてスタティックにとらえるべきではなく、カササギとともに一日を∞日にし、無数の織姫牽牛たちに橋を渡らせようという物語のはじめのほうの断面に過ぎない。
     今日は札幌、高円寺につづいて渋谷でもデモがあるそうだ。七夕はまだ終わらない。たったの一日を∞に拡大して行こうという実験は始まったばかりだ。空間的にも三都市だけではまだ足りない。

    『二つ、三つ、数多くのベトナムをつくれ、これが合言葉だ』(チェ・ゲバラ)

    ベトナムのかわりに、「サミット」や「デモ」を入れて、思い立ったら全国の仲間もやってみよう。
    | 感想・論説 | 07:41 | comments(0) | - | - | - |