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渋谷サミットG∞

移動する路上会議。2008年7月7日(月)10:00〜8日(火)23:15
blowing in wind+不動性 (N.S.)(代打ち 小川)
0
    ヘルプ!うなぎシステム。
    逸脱し、群れて、死についてさえ語りうるような民主的な場。
    排除のない空間をサポートするような
    インターナショナリズム。
    さらにそもそもこの渋谷サミットという思いつき自体が、
    戦後民主主義の次の世代たる我々の、
    全く新しい方法論としての何か、を指し示していると思う。
    それは何か?
    (これはちょっと古くなるけれども、)
    The answer,myfriend,is blowing in the wind.
    (答えは、友よ、風の中で舞っている。)

    しかしそれは逆に、我々を、戦後民主主義下では存在しなかった、
    新しい病、危機に直面させることになるだろう。
    警察の過剰警備にしても、命名権制度にしても、そこには、
    何か、常にうごいていなければいけないという強迫観念、
    少しでも不動性のあるものを見かけたら、
    追い立て、追い回し、隔離して、滅ばさねばならないという
    異常な精神状態が存在するようだ。
    もちろんここには民主主義への絶望、対話への恐怖がある。
    これと闘うのは非常にしんどいことだけれども、
    しかし、blowing in the windが「風に吹かれて」と
    訳されるようであってはならない。それではいつまでたっても
    the answerは見つからないだろう。
    我々はもう一度、我々自身の不動性を、獲得しなおさなければ
    ならない。
    (註 不動性とは、多様性への絶望、同一性への自己陶酔のこと
    ではない。これはこれで、また別の新しい病である。)

                       N.S.
    | 感想・論説 | 18:29 | comments(0) | - | - | - |
    ウェーブの広場ーー死者のラジオ体操(7月8日15:40分ころ)
    0
      ウェーブ広場に移動してきてそうそう。武さん、摂津さんが、パソコンをしに、マクドナルドに電源を使用しに行ったので、残るメンバーが、小川、渡辺、佐久間、廃人餓号のみ、というサミット中最小人数になっていた時に、それは、行われた。佐久間さん曰く、蒸し返す人、である渡辺さんが、109前でのラジオ体操の時の話を蒸し返した。109前で、佐久間さんが、ラジオ体操をしたくない、ということで「ヘルプうなぎ」を出した。話は、では、どういうラジオ体操だったなら、佐久間さんはやってもいいの?ということになり、重力に逆らわない、労働の準備体操ではない、などの話のあげく出てきた言葉が、死者のラジオ体操ならやりたい、ということだった。それでは、やってみようということになり、(すっかり忘れていたが、ここで渡辺くんより、それはやりたくない、というヘルプうなぎが出されたようだった。)、まず、小川がやった。それは、割とそれでも大きな動きを伴っていた。次の佐久間さんは、あまり動かない、と事前に宣言したように、うつむいてきわめて緩慢に歩くものだった。しかし、これは、極めておかしかった。続いての、廃人さん(名前がすでに死者に近づいているが)は、小脇にカバンめいたものを抱えるという独自のスタイルで徘徊し伸びをしたりする、というものだった。これも、面白かった。自分的には、この死者のラジオ体操はサミットのハイライトの一つであった。渡辺さんの撮った映像があるはずだから、見るのが楽しみである。あと、死者のラジオ体操を終えた感想は、リフレッシュ効果がある、という意外なものだった。

      記憶がすでに曖昧、、、誰か補完して。
      | 感想・論説 | 00:16 | comments(0) | - | - | - |
      かんそう
      0
        感想をかこうと思っても、あのゆるゆるとした感じを締めくくるのが嫌で、上手な言葉がみつかりません。こんなに時間が経っているのに。

        私はこれまで本当に渋谷という街がきらいで、いつもギラギラ光っていて、人間がヒトゴミにしか見えなくて、できれば近寄りたくない場所でした。でも、今年から野宿のおじちゃん、おばちゃんたちと関わるようになって、ようやくその気持ちが変わってきていました。

        そんなときに、このサミット!なんて、ステキでへんてこな空間があったんだろうーとびっくりしました。移動したり、道ばたでおいしいごはんが作れたり、ゴミから楽器をつくってしまったり、自分の想像力の域を超えてました。

        もうすぐ日本から出かける私ですが、どこへ行っても、この感覚を手放したくないと思います。戻ってきたら、また遊んでください。



        | 感想・論説 | 03:42 | comments(0) | - | - | - |
        こっちのサミットは大入り
        0
          洞爺湖では8人だけのサミットだったんだね。
          渋谷ではもっと大人数のサミットだったんだよ。
          掲げた数字は一応∞。
          えーと、野宿者とか、画家とか、アーティストとか、大学生とか、大学の先生とか、何もしてない人とか、フリーターとか、デザイナーとか、サラリーマンとか、外国人とか、詩人とか、カエルとか、ミミズとか、鳩とか…他にも大勢!
          けっこうみんな来たよ。

          なんのトップダウンもなく、強制も排除も搾取もなくすすむ。
          その為に、とんでもなく馬鹿げたちっぽけなことから、生と死のシリアスなことまでが議題に挙った。
          いくつもの矛盾も抱えながら、それでも一つずつそれを解いていって
          きちんと前を向き続けた。
          そんな二日間だった。


          | 感想・論説 | 19:24 | comments(0) | - | - | - |
          警察の過剰警備に怒る
          0
            渋谷ハチ公前に数名で集まっていたら、20名ほどの警察官が集まってきて、「ここで集合するな」「ビラを出すな」「G8と関係あるのか?」「今はこんな時期だから…」などと次々に言ってきた。こんなしょぼい集まりをマークするほどあんたら暇なのかい。俺らをマークしたってテロも犯罪も防げねえぜ。ちょっとは頭使ったらどうだい、警察官の諸君?

            ともあれ、宮下公園に移動することに。分かれてばらばらに移動するが、警察官が複数名尾行してくる。しつこい。まこうと思ってもまけない。結局ネット喫茶に入り一時退避することに。警察のストーカー行為をブログに報告する。

            その後、無事宮下でみんなと合流。楽しい交流の時を過ごす。

            18:00頃国連大学前へと移動。ストリートレクチャー。国連大学の人が「G8と国連」という題で講義してくれる。G8には何らの国際法上の正当性もないことが分かった。

            それから美竹公園でうな丼を食べる。古くからRAMで知り合いの美術関係者と再会し感激。終電で帰宅する。

            二日目、形成外科受診してからまっすぐ渋谷へ。109前で待ち合わせるが、警備員が来て追い出される。それから、東急屋上へ。俺はパソコンを持ってきてネットにつなげようとするが、マヌケなことに部品が一個外れてるのに気づかず悪戦苦闘。バッテリーも切れてしまった。が、津軽三味線やウクレレを披露しみんなに喜んでもらえた。

            その後、また移動。

            夜は早めに帰宅した。充実した二日間だった。
            | 感想・論説 | 11:06 | comments(0) | - | - | - |
            渋谷サミットG∞と七夕
            0
               渋谷サミット開催前に武さんはこのようなことを言った。七夕の夜に会うことに意味がある。七夕伝説は、恋愛に耽り労働を放棄した織姫と牽牛が、神の怒りに触れて引き離され、より過酷な搾取に喘いでいたが、カササギの助けもあってこの一日だけは逢引することができたという話だ。そしてそのカササギとは何だろう。
               G8を頂点とした支配体制の力によって労働に駆り立てられている俺たちが、とりあえずこの日、各自の現場を捨てて集まり、話し合う。奇跡のように、というか当たり前のように自由と自律の空間は出現する。そんなロマンチックな夜だった。
               しかし8日の深夜、渋谷駅ではサミット警備という名目で野宿者の追い出しが行われていたことを、その頃美竹公園で語り合っていた俺たちは知らなかった(この排除はまだ継続中である)。それに渋谷サミットの間中、何度も話題になったが、札幌のデモにおける4人の不当逮捕のこと。織姫と牽牛を引き離している強制力は結構しぶとく弾圧を加え続けているようだ。思えば七夕伝説は一年のうちの一日だけというところが切なくて、ゆえに広まった説話なのだ。だけど一日だけじゃ足りないのは言うまでもない。そして織姫と牽牛の下には、無数の、出会うことすらできない織姫と牽牛たちが居ることを忘れてはならない。
               さて、カササギとは何か。東京ではほとんど見かけないがカラス科である。いわゆるカラスのハシブトがハンガーなどをよく持っていくように、カササギもいろんなものを拾ったり盗んだりするそうで、泥棒カササギとも言われる。拾ったもので橋だってつくる。まあ言ってみればDIYの天才である。渋谷サミットのクライマックス、都合があってその場に居なかったのが残念だったが、皆で楽器になるようなゴミを拾ってきて即興の音楽祭をやったそうだ。これなんかまさにカササギ的。思えば渋谷サミット全体が、手作りアンプをはじめ、会議のあり方自体もDIY精神あふれるものだった。カササギ、それはソレルの言葉を借りればG8や警察の強制力“フォルス”に対する民衆の対向暴力“ヴィオランス”である。ソレルは“ヴィオランス”を特にゼネストのこととして言っていたと思うのだが、織姫と牽牛の試みとはまさにストライキであって、ストライキとは労働の放棄であると同時に生産力を奪うということであり、さらにそれを自主管理に転換するということであるからには、その役割はカササギが補完するだろう。
              渋谷サミットは織姫牽牛たちの会合であると同時にカササギ的実験の場でもあった。七夕伝説は、神の威圧の下の悲恋物語としてスタティックにとらえるべきではなく、カササギとともに一日を∞日にし、無数の織姫牽牛たちに橋を渡らせようという物語のはじめのほうの断面に過ぎない。
               今日は札幌、高円寺につづいて渋谷でもデモがあるそうだ。七夕はまだ終わらない。たったの一日を∞に拡大して行こうという実験は始まったばかりだ。空間的にも三都市だけではまだ足りない。

              『二つ、三つ、数多くのベトナムをつくれ、これが合言葉だ』(チェ・ゲバラ)

              ベトナムのかわりに、「サミット」や「デモ」を入れて、思い立ったら全国の仲間もやってみよう。
              | 感想・論説 | 07:41 | comments(0) | - | - | - |
              感想
              0
                二日間お疲れ様でした。
                といいつつお疲れさまという言葉にすら違和感があります。

                なんだか、街の景色が今までとはまったく違うんです。
                正直、いいのか悪いのかも判断がつきません。

                確実にいえることは、エアポケットを見つけることが出来る視点が出来たんだと思います。それは、どこにでもあって、いつでも近くにあって、でも気がつかないことが多くて見過ごされてきたものなんだとおもいます。

                それは渋谷の公と私の隙間にあったりして、一見デッドスペースに見えるような場所だったりする気がします。特にウエーブ広場はそんな感じがしました。

                美竹公園で、「生き物は、死の瞬間に身体がその統一性みたいなものを失ってカオスに戻る」みたいな話をしましたが、均質化の果てに冷えて固まった、もう混ざり合うのが不可能そうに見える街の死骸みたいな場所が実は生の可能性も持ち合わせてる気がしました。

                普段見ていた街がどれほど何者かに操作された眼で見ていたのかということを思い知らされました。「眼から鱗」です。
                この二日間に、「もう一つの世界はとっくに可能だ」を何回も思い出しました。

                最初、「正直、いいのか悪いのかも判断がつきません。」といいましたが、
                いいとか悪いとかは相対的なものってだけだからなんでしょう。
                もしかしたら今までとは違う、視点が出来たことで、
                よりニュートラルな渋谷が見えたのかも知れません。

                ネオリベ渋谷、ホームレス渋谷、追われる渋谷、追う渋谷、居場所の無い渋谷、天国渋谷etc…

                銭湯までいけなかったのが悔やまれますが、とてつもない二日間でした。
                全てに感謝。
                | 感想・論説 | 23:49 | comments(0) | - | - | - |
                渋谷サミットを終えての寸感
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                  さかえ湯で、疲れがどーーーと、出て、とれた。
                  そして、帰り道、2日間の慰労のために、コンビニに入って何か買おうとして、すごく心理的な抵抗感あり。この2日間の、タイム感とか持続する空気感などで、むしろ、いままで普通だった行動が、違和感のある行為になっていた。サミット中も、物を買うことに、違和感を感じた。ひどくそれが、つまんないことに思えた。ああ、この2日で、どこか意識が変容したんだな、と思った。それは、元にもどるけど、でも、この感覚は、残る。どこかで、持続していて、前からあるし、これからも、あるし、それが、何かする時の原動力のような気もする。イルコモンズの「もう一つの世界はとっくに可能だ」という言葉を思い出す。

                  | 感想・論説 | 18:50 | comments(0) | - | - | - |